30 無名さん
遥か地平線の彼方。ラベンダーと濃い橙が交じり合う黄昏色の空に、眩いほどの輝きが今日最後の光を投げかけていた。その様子を何とはなしに眺めながら、ハナはうっそりと心に思い浮かべる。
ああ。今日もまた、一日が終わるのね。
踏みしめる大地に広がる絨毯は、今は夕焼け色に染まって萌黄と山吹が混じり合い、なんとも美しい芸術を作り上げていた。そこから視線を右へ巡らせれば、何千年というと時を過ごしたかの様な様相の大樹が眼に留まる。
夕闇へと姿を変える世界の中で、ゆるりと吹く風に身を任せるように、大樹はその枝葉をかさかさと遊ばせている。この葉もやがては秋の訪れと共に茜へと姿を変え、そうして遥かな大地へと還って行くのだと思うと、ハナの心はほんの少しだけ切なさを感じた。
廻る命の季節。全ての生きとし生ける者達が息を潜める、寒い寒い冬があっという間に訪れを告げる。季節が変るのは自然のことなのに、冬だけはなぜか特別な物の様に思えて、ハナはその訪れを密かに楽しみにしていたのだ。
なぜあの季節はこんなにも、自分の胸を締め付け、切なくさせるのか。或いはもっと違う何か。そう、例えば望郷のような思いを抱かせるのか。
ハナは折に触れてそのことを考えてみるが、いつもその答えは出ないままだった。

やがて空が青藍と紺青のグラデーションに染まるのを見届けたハナは、闇の中の希望のように輝く星々をうっとりと、愛しい者を見つめる様な眼差しで見上げた。この瞬間は、いつも以上に特別で贅沢だ。
あの遥かな銀河系すらも超えた先にある、何千億年も前の星の瞬き。それは紛れもない命の輝きで、そして命の終わりの最後の欠片なのだ。
それをこんな風に見られることは不可思議でもあり、そしてなんとも贅沢な瞬間だとハナはいつも思っていた。白や黄色や赤色に輝く星達を眺めながら、ハナは誓うように心の中でそっと感謝する。
今日また、この瞬間を見せてくれてありがとう。貴方達の命の輝きが、私にまた歩き出す勇気をくれるの。
誰に聞こえるわけでもない。ただ遠い何処か。ハナの心の奥底にいる誰かに伝えるように、厳かに密やかに。誓約のようにそっと囁きかける。
そうして今日の役目を終えたハナは、ゆっくりと自分の意識を閉じた。

月光の中、クリスマスローズがただ静かに風に揺れられていた。