31 無名さん
絵を描くのが大好きだった。絵を描く行為は、すなわち息をしていることと同じだった。
限られたキャンバスに、色とりどりの色をパレットに出して、思い思いに自由に自分をキャンバスに描く。
大きく、気持ち良く。自分を表現して、自分をさらけ出して、自分という人間を絵で伝える。
それが楽しくて、絵は四六時中私の頭の中を埋め尽くす存在となった。

夏休みの課題のポスターは、私にとって発表会のようなものだった。ただ単に描いた絵を提出するだけだったのだが。

私の描いた絵には必ず賞状がついた。
別に、嬉しい訳ではない。ただ単に自分の絵が評価されただけ、そんな感覚。幼心はいつしか成長し、大きくなるにつれ私に向けられる視線が冷ややかなものになる気がした。

図工の時間は特に好きだったが、高学年になる頃には嫌いなものになっていた。
描いた絵に集まる観衆。各自授業で作った作品の鑑賞の時間は必ず、私の机の周りに人が群れていた。

「風香ちゃんすごいね」
「風香ちゃんは天才だね」
「流石風香ちゃん」

最初は褒め言葉として受け取り、照れくさく笑った言葉も次第に自分を縛る言葉へ変貌していく。

絵を見せることの息苦しさ、それだけが私の良心を蝕んでいった。
唯一、私に気をかけてくれた男の子がいた。
彼は優しくて、かっこよくて。憧れの人間で、多分私の好きな人だった。
でも私は彼に裏切られた。私は見てしまったのだ。

彼が放課後、私の作品にハサミを入れてズタズタに切り刻んでいたこと。そして翌日には、切り刻まれた紙切れを前に
「誰がこんな酷いことしたんだよ!!」
の一言。

私は人間不信になった。

どんな人間でもどんな環境でも、皆が皆私を敵視しているかのように思えた。憎悪に満ちた視線が向けられる。
どんどん孤立した私は、それでも影で絵を描いた。
絵のせいで人生無駄にしたようなものだが、絵が好きなのは変わらなかった。

「おめでとう、金賞よ」

中学に上がるとやっぱり反射的に美術部に入部した。周りも絵を描く環境なら悪目立ちしないだろう、そう考えたから。しかしそれは失敗だったみたいだ。