夜のトンネルには、妖しい話がつきまとう。

幾つかのトンネルがグリコのキャラメルならば、『出る』という噂はそのオマケのようなものだろうか。

パターンは様々あれど、どれも定番化している。

例えばこんな風に。


ある男性が山道の手前で、ヒッチハイクの青年を車に乗せた。

真面目そうだが、無口な青年。夜中に、こんな山の中で何をしていたのだろう。

何を聞いても青年は曖昧にほほ笑んでいるまま。

まもなくトンネルに差しかかった。ぼうっと薄暗い、寂しげなトンネルのあかりの中を車はゆく。

トンネルを出たあたりで、運転席の男が相変わらずだんまりの青年の方を何気なく見やる。

しかし、そこには誰も居ない。車から飛び降りた気配も無い。第一、そんな事をして気付かない訳は無い。

男は慌てて道脇に車を止め、トンネルの方に歩み寄った。すると……

トンネルの天井から、無数の手が突き出て、助けを乞うように、うねうね、うねうねと、蠢いているのを見た。トンネルの中の、生ぬるく、澱んだ空気。

「こっ、ここから……出して……ください……」

真横の壁の中から、ふいに聞こえた声は、何故だか青年の声に思えた。血が滴るように、水がチョロチョロと壁面から流れている。何かが、泣いているようにも見える。

昔のトンネル工事は人が死ぬのもよくある事で、そのまま死体が壁に塗り込められた人柱のトンネルもあったとか。

男は、そんな話をぼんやりと思い出していた。

恐いは恐いが、それよりも男は哀しくなり、深々と頭を下げてから、トンネルを後にしたという。

トンネルの手前から車に乗った男は、どこか遠くに行きたかったのだろうか。どのみちトンネルの中に戻るのに。永遠に、トンネルの『あちら側』へは抜けられない。また、幾夜も繰り返す。

再び車に乗り込んだ男の中には、切ない気持ちばかりが残ったが、肝心の青年の姿が思い出せない。どんな服か、どんな顔か。つい、今し方の事なのに……


こんなのが、まぁ、よくある話のパターンのひとつだろうか。私も誰かから伝え聞いたものだ。


そういえば、ある小さなトンネルで人魂が出るとの話に、夜に数人で出掛けた事がある。

小さな、静かなトンネル。一見したら何も無い。