39 無名さん
「許さなくていい」
そう言ったローは、明らかに追いつめられていた。
その様子を見て、わたしは、自分が言葉を選び間違えたのを知る。
「違うの、ロー。前も言ったけど、ローは何も悪くない。悪いのは、病気だったあなたをいつまでも許せないわたしなの」
「違う。お前は、おれが記憶を失った後も、ずっとこらえていた。おれがお前の立場だったら、一日も耐えられなかった」
「そんなことない。ローはやさしいから、何をしたってわたしを突き放したりしないよ」
わたしの言葉に、ローがふっと息を吐く。
「買いかぶりすぎだ。おれはそんなにやさしい男じゃねェよ」
まるで吐き捨てるように言うロー。
わたしは、ローの背中にひたいを当てて、はっきりと首を振る。
「やさしいよ。ローは」
「やさしくねェよ」
「やさしいもん」
「やさしくねェ」
「やさしい」
あくまでも否定するローに、むきになって答えていると。
「……フッ」
背中の向こうで、ローが笑った。
それは、久しぶりに、本当に久しぶりに聞いた、おだやかな声だった。
「………昔に戻ったみてェだ…」
「……、……そうだね…」
懐かしむようなローの声に、素直にうなずく。
ローの背中にひたいを当てているから、ローが話すたびに、小さな振動が伝わって来る。
彼の甘いにおいも、しなやかな感触も、深い響きを持つその声も、すべてが愛おしい。
目を閉じて、ひたいから感じるローに想いを寄せる。
ああ…、わたしはやっぱり……………。