53 無名さん
 咄嗟に親か、最悪警察にでも連絡しようという考えに及ばなかったのはその不審者が部屋の主である私よりも思いのままにベッドを占領していたからだ。抱き締めた枕に鼻先を埋めて深呼吸を繰り返す姿に唖然とした。

 「このまま死にたい」

 なにやってはるんですか花宮さん。

 「…あの」
 「ぁあ?」
 「花宮くん、ですよね? 隣のクラスの」
 「だったらなんだ、見て分からないのか? 今取り込み中だ。邪魔するとぶち殺……犯すぞ」

 明らさまに言い直しましたよね? ころ……おかって今。殺意が性欲にスライドでもしたのだろうか彼の中で。
 そもそも彼と言えば学年一の秀才でスポーツ万能。みんなのアイドル花宮真くんではなかったか。
 それがどうして私の部屋に。両親のいない日に玄関の鍵まで開けて。空き巣? というのだろうか、この場合。
 別段盗まれたものはなさそうだけれど。私はドアの前に立ち尽くしたままぐるり室内を見回した。むしろなんか綺麗になっている気がするこの部屋。

 「もしかして、掃除してくれたんですか花宮くん」
 「下着を物色するついでにな」
 「え?」
 「留守番をしてやるついでにな」

 また言い直した。人の下着を物色する留守番なんて要らない。天才花宮くんには申し訳ないけれど、まじクッッッソ下手な言い訳だなあオイと心の中で大笑いした。
 でも全面的に疑ってかかるのはよくないと思って、母親に“誰かに留守番頼んだ?”とLINEを送ると“留守番はあんたでしょ”と返ってきた。全面的に決定的である。
 この私のベッドですーはーしている花宮くんは不法侵入者。こっちですおまわりさん