>>56

(いぬがくる)っていう妖怪めいた話がある。その追記、それを完全版として記します。

綿貫さんというおばあちゃんの死に関わる話。

寝たきりのおばあちゃんは「夜んなると、いぬがくるんだよ」よくそう言った。

「いぬって動物の?でも戸は閉めてあるからはいれるはずないよ」

母親がいくら説明してもおばあちゃんは毎夜、いぬがくる。そう言ってきかない。

別に痴呆とかそういうことじゃなかった。いぬがくるを言う以外は本当にしっかりしていた。仕方ないので適当に相手をして放っておくしかなかった。

コの字型に廊下があって、その真ん中に庭があるんだが、反対側の廊下に夜中、黒い霧のようなものがどこからかあらわれて、廊下を伝っておばあちゃんの部屋に入るのが見えた。

不思議なことに夜の闇の中なのにはっきり見えた。心配になっておばあちゃんの部屋を見に行く。

少しだけ障子を開くと、おばあちゃんの寝ている布団に跨るように部屋いっぱいに黒い影のようなものが見えた。獣のようにかすかに荒い息が聞こえていた。

ガタガタと震えながら動けずにいると、その黒くてでかい影の頭らしき部分に向かっておばあちゃんの口から白いものが出て、影の中に吸い込まれていった。

気づくと、もうその黒いのは居なかった。そして、なぜか強烈な眠気がおそってきた。そのまま眠ってしまい朝には布団に寝かされていた。

そして隣の部屋から、慌ただしい声がした。行ってみると、おばあちゃんが、目をカッと見開いて

「いぬがいぬがくるよ、部屋に入ってくる、入ってくる」

そうやってバタバタと床を蹴った挙げ句、白目を剥いて亡くなった。


(考察)

いぬってのは明らかに昨夜見たあの黒い影。

だとしたらあの黒い影がおばあちゃんの口から吸っていたものは魂なのかなあと思う。

最後の残り少ない魂で、おばあちゃんは皆に伝えようとしたと思うとかなり辛いものがある。