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 手慣れた様子から、恐らく相手は初めてではない。こうして、誰かの肛門に嘴管を挿すことも、シリンダーを圧し込むことも、自分が最初では無いはずだ。以前の相手は、この程度では根を上げなかったかも知れない。顔も存在も定かでないこれまでの誰かと、将来、彼か出会うであろうこれからの誰かに負けたくなかった。彼女ほど我慢強く従順な者は居なかったと、知らない場所で私のことを思い返してもらえるように。
 額に無数の汗を浮かせ、腹痛からなる吐き気を堪えるべく唾を飲んだ。腸内は決壊しそうなほど水分で溢れているにも関わらず、口内は驚くほどに渇いていた。腹痛を誤魔化すべく頭を傾げてみたりした。痛みの波が引くと、ふうと少し深めに息を吸い、波が押し寄せれば細く静かに息を吐いた。
「辛くないか?」
「だいじょうぶ、です」
 無理に平静を装った。脂汗の浮いた肌、苦痛に満ちた眉間を見れば僅かな余裕さえ無いことは明らかであるが、後背にいる降谷からは表情など分からない。それでも全身に厭な汗が滲み、ひどい風邪を引いたように震えが止まらないのだから、ただならぬ状態であることは気取っているはずだ。
「我慢強いんだな」
 ああ、強がりを受け取られてしまった。感心したような声音が目の前を暗くさせた。こうした状況下にあっても、降谷から褒められるのが嬉しいのも事実だ。自分よりも降谷を優先させるへりくだった性分は、限界を訴える身体を張り切らせた。
 とうに限界量に達していた腸で更に液体を受け入れようと口が大きく開き、舌は下方へ張り付く。おかしいと気付いたときには食道から何かが駆け上がっていた。前準備のように嗚咽が漏れて、それから止める間もなく胃液が押し寄せる。吐いた、と思ったときには浴室に吐瀉物をぶちまけていた。水分は全て吐き出してしまおうと取り決めているように嘔吐が止まらない。ペースト状になった昼食は総じて白く、強烈な悪臭を放っていた。
 腹痛がどうだとか言っていられるほど呼吸を堪えてはいられなかった。苦しさから勝手に呼吸は激しくしくなり、そのたびに、腸内がのたうつような痛みに襲われる。胃液の悪臭と唾液の粘度が混じり合った体液が下唇から垂れ下がっていた。