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「ほら、水」
 降谷が浣腸器を受け取り、代わりにコップを手渡してくれた。水など少しも飲みたくなかったけれど、洗い流すことだけでもしようとぶくぶくさせた。再び吐き気が込み上げてきたので、すぐに水を吐き出した。
「頃合いだな。腹痛も酷いだろうし、出すといい」
 浣腸器を抜かれる。栓の無くなった肛門はすうすうとしており、一瞬だけ緩みかけたが理性が便座を欲した。
「え、あの、トイレに、行きたいんですが……」
 流石にそう言わざるを得なかった。背を向けながら頼むことでも無かったが、そこまで気遣う余裕もない。脂汗が滲む。懸命に締めている括約筋は、土砂よろしく崩れ落ちようとする排泄物をどうにかしようと押さえ込んでいる。それでも緩い浣腸液は肛門から漏れ、大腿裏を伝った。その微温さに刺激されて糞まで漏らしたくなってしまう。
「本当に、もう、出ます」
「出せばいい。それに、君はもう歩けないだろう」
 そんなことはない。足腰に力を入れるが、立ち上がれなかった。身体を揺らせば腸に刺激が響く。破裂しそうな恐怖を内包した痛みであるから無理が出来ない。その様子を見ていた降谷がせせ笑った。こうなることを分かっていたのだろう。潤んでいた瞳がますます濡れてゆく。愛し過ぎたあまり別れを選んだ自分が、愛する人の前で排便を強いられる恥辱に耐えられるはずも無かった。
 彼がそれを望んでいたとしても浴室で排便など出来るはずがない。嘔吐は反射的なものであったが、こちらは理性が働くだけに出すことが憚られた。糞の詰まった腸は呻き声をあげ、肛門を押し開けようとしている。空気が抜けて、顔に熱が上がった。放屁だけでも死んでしまいそうなくらい恥ずかしいのに、排便なんて出来るはずがない。
 放屁を契機に脳は自尊心を保とうとしたが、排便の前運動で腸は勢いづいていた。行き過ぎた腹痛に目眩を覚えた。いよいよ視界が黒く渦巻き始め、不味いと思い腰を少しさげた。中腰になり、犬が排便するような格好をとる。