75 無名さん
 月の光が薄絹のように揺蕩う夜に、禁城では盛大な宴席が設けられていた。
 煌帝国第二代皇帝の即位の慶賀である。まこと晴れがましく尊き好日である。
 女たちは舞い、楽が奏でられ、人々は美酒に酔っていた。
 玉座におわす練紅徳帝も美女から捧げられる酒杯を機嫌よく干す。その隣で、夭夭と微笑む皇后。新たに位を授けられた皇子たちはその面に翳りをたたえて控えていた。姫君方は酒宴には付き合えぬと寝所に戻られた。
 哄笑が渦となって溢れる。追従はありあまる。気分の良い新皇帝は、それでも足りぬと華を求めた。

「誰ぞ、白琳姫を呼んで参れ」

 侍従は戸惑った。尤もであった。白琳姫は先帝の息女であった。妾腹ではあるが、本腹の兄弟と仲睦まじく、前の大火を大きく嘆いており、祝賀には体調不良を理由に欠席していた。しかし紅徳帝はそれを押しても参上せよと重ねて仰せで、侍従は従うほかなかった。
 白琳姫は美貌で知れ渡る姫である。出自は卑しけれどもそのうつくしさは天上のものと讃えられ、父帝や兄弟のみならず、なさぬ仲であるはずの玉艶皇后も白琳姫を公然と可愛がった。
 女官に先達され現れたるは白琳姫、噂に違わぬ美姫である。
 濡れたように黒く艶めく髪にとけてしまいそうな雪の肌。蒼褪めてすらいる面の、ほんのりと紅に染まった眦は恥じらいではなく、涕泣のためである。白琳姫が纏っているのは飾り気のない喪服であった。

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