その日私は、自宅に一人でいました。母も妹も、私が寝ている間に出かけてしまい、起きた時には私は一人でした。

階段をゆっくりと降ります。自宅の作りとしては、階段の両側に部屋があり、階段の下から三段目程で横の部屋を覗く事ができます。

そしていつものように、何気なく扉を開け放したままの左の母の部屋を覗き込みました。その瞬間、

−ぎギぃいぃいン

表現しがたい音が耳元で響き、私の目の前を長く黒い何かがバサッとなびきました。咄嗟に階段を数段後ずさり、しばらく動けずにいました。

なにあれ、なに?なに‥?きもちわるい‥、あれは、

‥‥‥‥‥‥‥‥髪の毛?

気付いた瞬間、心臓が激しく打つのを今思い出したかのように感じました。背中をどろっとした汗が流れます。

あの音は、どこかで聞いたことのあるあの音は、‥‥そうだ、ガラスを鉄か何かで激しく擦るような音、生理的に不快な、体全体が拒否反応を起こすような。

深呼吸をして、階下の様子を伺います。何の気配もなく、もちろん何の音もしません、気のせい‥‥?

そろりそろりと、音を立てぬよう残り五段の階段を時間をかけて降りました。

意を決し、もう一度母の部屋を振り返りました。

『‥‥‥‥!!!!』

母の部屋の天井から、黒く長い何か、‥‥いえ‥‥、そう、髪の毛がぶら下がっていました。

ばさばさに痛み、ところどころ枝毛もありそうな、汚い髪の毛、それが音も立てず、そこにあるのが当たり前のようにぶら下がっていました。

私は動けずにただそれを見つめ立ち尽くしていました。

『ただいま〜』