>>76

そうやってどかしたことを後になって後悔したんだが、その時はどかしてしまったんだ。

邪魔だった車椅子をどかし終わり、目的だった個室の中を拝見すべく俺は個室の扉を開けて中を見た。

俺の記憶ではそこには小さな「助けて」って文字がまばらに書いてあった。
壁中にまばらに「助けて」って小さな文字で書いてあった、そう記憶してた。
だけど、実際に開けて見たら赤色がびっしりと壁中に塗り潰されてた……。

思わず後ずさって、だけどちょっと気に掛かったんでよく見てみたんだ。
そしたら、たしかに小さい文字で「助けて」と書かれている。
だけどその字の上に重ねるように「助けて」って書かれてて、またその上に「助けて」って書かれてて……それがいくつもいくつも上書きされて壁が真っ赤に塗り潰されてるってことに気づいた。

恐くなって、でも目を背けられなくなって……そしたらね、

キィ……

って音が近くから聞こえたんだ。

横にはさっきどかした車椅子があるはずで、しかも縦に置いたからこっちを、俺を向いてるように置いてあるはず。
左を向けば車椅子が置いてある。だけどそれを確認するのが恐くて……でも赤で塗り潰された個室を見てるのもすごく恐かった。
だから俺は意を決して左を、車椅子のある方を見た。

一瞬、赤い染みがいくつもある服を着た看護婦さんと真っ白な服を着た子供が車椅子に座ってるような錯覚を覚えた。