F『我が友』

私には竹馬の友がいる。人間ではない。ぬいぐるみである。くまのPさんである。Pさんでマズければセリヌンティウスと仮名しよう。長いので以下セリーヌとする。

セリーヌは幼き時から私と共にあった。私が退屈すれば遊び、悲しめば癒し、私と共に時を過ごし私と共に薄汚れていった。

数年前の話である。

当時私は疲れていた。先の見えない日々、くだらない仕事、煩わしい人間関係、糞ったれでインチキまみれの自分。

全てが嫌になり、孤独であり、逃げ出したかった。あるいはセリーヌに丸投げしたのかもしれない。

その頃から、私は道を歩けばセリーヌが隣を歩き、愚痴を吐けばセリーヌが慰め、仕事場ではセリーヌが遠くの壁から顔を出して見守っている幻覚を、幻聴を、はっきりと見、はっきりと聞いていた。

頭がおかしいと思う者がいるかもしれない。本当におかしくなるのはその後であった。

ある日、仕事場の壁から私を見守っていたセリーヌが、私に背を向けて、トコトコ出口に向かう幻を見た。飽きたので早めに家に帰ろうとしたのであろうか。そんなことを普通に思っていた。

いつもなら幻は私の視界や聴覚の範囲で認識できる。しかしその日は、家路を行くセリーヌの姿が脳裏にはっきりと浮かび上がった。セリーヌだけでなく街角から人の通りまで、いやに現実感を持って鮮明に浮かんでくる。

セリーヌは家に着いた。玄関ドアには鍵がかかっている。どうするのかなと思い見ていると、セリーヌはぴょんとジャンプしてドアノブに飛びつき、体が小さいので苦労しながらノブを回してドアを開けようとする。ドアは普通に開いた。ドアが閉じないよう滑り込むように家に入ると、疲れたのかセリーヌは靴置場でコテっと倒れ込んだ。妄想はそこで終わった。

仕事が終わり、玄関ドアの前、恐る恐るノブを回すと、ドアは開いた。鍵が、かかっていない。暗い玄関、スイッチを入れると、明るい電球の下、あの妄想と同じ位置、同じ姿勢で、セリーヌは横たわっていた。