電車が音を立てて急停車する。そのはずみで車体は大きく揺れ、車内の人群れは前方にむかって傾いた。体勢を立て直すのがまにあわず、ステンレスの手摺りに顎をぶつける。下唇に、絹を裂くようなやわらかな衝撃が走った。鼓膜に肉がやぶれる音がつたわる。舌の根が引き攣れ、喉の奥から、鉄の味がひろがる。食いしばった歯先が、口唇のうちがわのやわらかい粘膜を突き刺し傷つけ、血を流しているのだ。歯の隙間が真っ赤に染まったことを感じさせるほどの夥しい血量だった。出血はしばらくのあいだ止まらず、止まるまでの時間、血のまじった唾液が咥内にあふれることとなった。嬲るように、なまなましい滴が舌の味雷をつたう。
　満員電車のなかで血を吐き出すような真似はしたくなかった。咥内に溜まった血液はなまぐさく、生理的な涙が目許に浮かんだ。息をすれば鼻先から血潮が抜ける。喉のひらくように背を反らしてすこし上向き、鉄の液体をすべて呑んだ。悪夢を寄せつけぬ魔除けやおまじないみたいに思う。そうして、寝不足の目許を指さきでそっとなぞった。たしかめるように、しずかに。だれにもわからないように。

どんだけ衝撃強いんだよ