私は去年の今頃から、現在住んでいるマンションの一室を借りている。

中心部から程近く、交通の便も良い。コンビニやコインランドリー、宅配も頼める極めて利便性に長けた物件だ。おまけに家具家電付きで家賃も安い。
ネットで見つけた時、迷わず入居を決めた。

そのマンションは本来学生や単身赴任者向けで、内装は謂わば社宅とも言える。約12帖の1Rに、備え付けの家具家電が置かれている為、狭い。
とはいえ、一人暮らしの私には別段気にもならない狭さではある。まぁ、どうやら備え付けのものは家具家電だけに限らないのが難点だが。

簡単に説明すると、間取りは長方形の部屋。東側に小さなベランダがあり、西側が玄関。私は大体ベランダに通じる扉を挟む様に配置されたデスクかベッドで過ごす。
玄関のライトは感知センサー。動く物に反応して点灯するが、それは不規則に勝手に作動する。私がベッドに居る時が多い。

これに関しては入居した当初からで、今では慣れたもの(寧ろ電気代が無駄にかかってないかと心配している)。
昨秋には室内に何者かの気配を察し眠れない日があったが、それも今はない。

一番怖かったのは昨冬の一件。

ベッドで眠っていた私の耳元で、誰かが話しているのが聞こえた。前述の通り私は一人暮らし、テレビや音楽も流していない。
何かと体を起こそうとしたが、既に金縛りにあっていた。仕方無く、会話に耳を傾ける。

声は男女ふたりのものだった。最初は何かボソボソと会話している様だったが、「連れて行こうか」その一言はハッキリと聞こえた。
ヤバい。そう思った時にはもう遅かった。

突然、物凄い力で前へと引っ張り上げられた。そっちは壁を挟んでベランダだ、生きた人間の仕業ではない事は判る。
実際に壁をすり抜ける事はないにしろ、渾身の気力で引っ張られぬ様に踏み留まる。だが、その力は思った以上に強い。暫く押し合い引き合いを繰り返した。