>>89

しばらく無視してたんだけど鳴り止む気配はなかった。
俺はため息をついてまた受話器をとった。
受話器の向こうからは、またあの声が聞こえてきた。

「上の者です……」

温厚な俺もさすがにこれには怒ってしまった。
大人気ないかもしれないけど、キチンと言ったんだからね。

「いや、だからね。上には部屋はないんだよ!」

今まで少し間があってから返ってきていた返事が、すごい直球で帰ってきたんだ。それに急に声に凄みが出てきたんだよね。

「本当に?」

たずねるというよりはこちらを挑発するようなニュアンスだった。
今になって思えば、ここで電話を切ればよかったと思ってる。

突然の変化に俺はちょっと怯んだ。

「……そっそうですが」

部屋にまた長い静寂が訪れた。
相手は押し黙っているし、俺もなんだか言葉が出てこなかった。
蛇に睨まれた蛙と形容しようか、実際睨まれているわけじゃないんだから変な例えだけど本当にそんな感じだった。

2〜3分、もしかしたら10分くらいだったかもしれない。
俺は耐え切れなくなって一言呟いた。

「切りますよ」

言うが早いか受話器を耳からはずし置こうとしたときだった。

笑い声が聞こえてきた。