1 冬野

two of us

2 冬野
皆は圭介くんのことをクールで何を考えてるかよく分からないと言うけれど、私からしてみればこんなにも甘えんぼで分かりやすい人は他にいないと思う。

「名前」
「ん?」
「あ」
「もう、それくらい自分でやりなよ」
「めんどくせぇ」

私の膝の上に頭を乗せて寝転がりながら、両手に漫画を持ち軽く口を開けて待機している圭介くん。その口の中に、テーブルの上に広げてあるお菓子の中からカールを選んで放り込む。圭介くんは美味しそうに咀嚼して飲み込むと、もう一個、と言ってまた口を開けた。はいはい。

「圭介くんって甘えんぼだよね」
「はぁ?オレの何処が」

今だよ今。膝枕してもらってお菓子を食べさせてもらっているこの状況。これを甘えんぼじゃないとは言わせないぞ。

「圭介くんは可愛いねぇ」

可愛いは気に食わなかったのか、圭介くんは片手で私の頬をぐにっと挟むと、「名前はブッサイクだなぁ」とカラカラ笑った。おい、酷いな。

「ねぇ、足痺れてきちゃった。そろそろ退いてー」
「ヤだ」
「やだじゃなくてさぁ〜、ね?」
「...ったく」

ふふふ、圭介くんが、目を見つめられながらの「ね?」に弱いのは知っているのだ。やっぱり、圭介くんは可愛いよね。分かりやすいよね。

ゆっくりと起き上がりソファに座り直すと、今度は自分でテーブルに手を伸ばし、またカールを一つ摘んで頬張った。好きだよねぇ、カール。なんてぼんやりと考えていたら、突然強い力で腕を横に引っ張られた。

「わっ!」

圭介くんの膝の上に倒れ込む。驚いて上を見あげれば、視界いっぱいに圭介くんのニヤリと笑った顔が広がった。うっ、好き...。

「名前」
「...なに?」
「オマエ、甘えんぼだよな」

えぇ、なんだそりゃ。
本当は、ただ単に自分がまだくっついてたいだけの癖に。圭介くん意外とくっつきたがりだもんね。やっぱり甘えんぼなのはそっちだよ。
なのに変なところで負けず嫌いというか、素直じゃないというか、面倒くさいというか。でも、そんなところも可愛いと思えてしまうのだから、私の負けだよね。

「そうかもしれないね」
「だろ?」
「ふふっ、うん」

あぁ、可愛い。その得意げな顔。
ね?圭介くんって全然甘えんぼだし分かりやすいでしょう?でも、それは私の前でだけみたいだから皆は知らなくても仕方ないかもしれない。ふふ、彼女の特権ってやつですね
3 冬野
コイツ、苗字名前はいつもどこでもオレへの好意を剥き出しにしてくる。
千冬イケメン、千冬カッコイイ、千冬大好き、千冬千冬千冬...。どうしてこう小っ恥ずかしいことを軽々と口に出来るのか、不思議で仕方がない。

チラリと隣を盗み見れば、着物の着付けが崩れないようにか、ちょこちょこと小股で歩きにくそうにしている名前。そんなに動きにくいなら着てこなけりゃいいのに、と先程言ってみたら、「だって好きな人と初めて行く初詣だもん!」と笑顔が返ってきた。

「ねぇ、千冬ぅ〜」
「なんだよ」
「屋台食べたいねぇ」
「オレ、オマエと違って屋台は食えねぇわ」
「ちょ、そういう意味じゃないじゃん...!分かるでしょ!?」
「はぁ?分かんねぇし。分かって欲しいなら正しく日本語使えよな」
「不良のくせに生意気な!」

ぷくーっと小さく膨らんだ頬を、「そんな顔しても可愛くねぇっつーの」と両手で挟んで破裂させれば、ぶふっ、と色気もクソもねぇ音が名前の口から漏れ聞こえた。
4 冬野
「失礼な...!雑誌に好きな人を落とすモテ仕草だって書いてあったから必死で練習したのに!」
「似合わねーことすんじゃねぇよ」
「...はぁ〜、まったく。千冬はいつになったら私のことを好きになってくれるのかなぁ」

名前のそのセリフに、ドキッと心臓が跳ねる。実はもうとっくの昔からオマエが好きだなんて、言ったらコイツはどんな反応をするんだろうか。

オレの隣で、なに食べようかな〜、とキラキラ瞳を輝かせている名前を眺めながら、先程のぷくっと頬を膨らませた顔を思い出してはニヤケてしまいそうになる口元を、手に息を吹きかけるフリをして隠す。
こんな人混みで他の野郎に見せたくないからと直ぐに止めさせてしまったこと、少しだけ後悔。もう少し目に焼き付けておくんだった。

「ね、千冬はなに食べたい?」
「んー?食いもんもいいけど、まずはお参りじゃねぇ?」
「見た目にそぐわず真面目だよね、千冬って」
「うっせぇ」
「ふふっ、でもそんな所も好きぃ〜」

...だから、やめろっつーの。

2人でお参りの列に並んで順番を待つ。溢れかえる程の人でいっぱいなせいで、背の低い名前はぎゅうぎゅうに押し潰さてしまいそうだった。着物の袖から覗く赤くなった手を掴んで、自分の体の陰になる所までグイッと引っ張る。

「えっ?ち、ちふゆ...?」
「はぐれたらめんどくせぇだろ?」
「う、うん...」
5 冬野
いつもなら、「千冬カッコイイ!」と言って騒ぎそうなものを、何故か今回は大人しく黙り込んでしまった。よく分かんねぇな、女って。

それから10分ほど経った頃、ようやく順番が回ってきたので、名前と隣に並んでお参りをする。自分のお願いを済ませて、目を開き名前の方を見てみれば、真剣な表情で手を合わせていた。

「随分熱心にお願いごとしてたけど、なにお願いしたんだ?」
「今年こそ千冬が私のこと好きになってくれますように、って!」
「おいおい、あんまり神様困らせるなよ」
「えぇっ、そんなぁ!?そういう千冬は、なにお願いしたの?」
「今年こそ名前がオレのこと諦めてくれますように、かな」
「千冬こそ神様困らせたらダメじゃな〜い!それは絶対あり得ないから!私が保証するよ!」
「説得力ハンパねーな...」

ハハっ...と乾いた笑いを浮かべながら、内心では嬉しくて仕方なかったり。こんなに喜んでる癖に、なにが「諦めてくれますように」だ。ホントはこんな願い事なんてしてねぇと、言ってやれたらいいのにな。でもなんっか、名前を前にすると素直になれねぇんだよな。

ひと通り屋台を見てから、たこ焼きが食べたいという名前に付き合って、2人で1つを買って半分こすることにした。歩きながら食べるのは難しいと言うので、立ち止まって1つのパックに頭を寄せ合って食べる。
6 冬野
「んんっ!?これタコが入ってないんだけど!?」
「ははっ、当たりだな」
「うわぁ〜、信じられない!」
「残念」
「ショック〜...」
「でも、うまいよな」
「うん、美味しい!」

こんななんてことない会話でも、まるでこの世で1番幸せですとでも言うように笑って見せる名前に、気付いたら頭に手を置いてそのままポンポンと撫でていた。

「へ...?千冬...?」
「ん?」
「な、なんですかこれは...?」
「別に、深い意味なんてねぇけど」
「ふふふ、深くなくてもいいので意味を教えてくださいっ...!」
「うっせぇな、だから意味なんてねぇっての」

ただ、可愛いと思っただけだ。オマエのことを。
もちろんこれもまた言えないのだが。

しつこく聞いてくる名前の頭をグシャグシャっと乱暴に掻き混ぜてから、食べ終わってゴミとなったパックを、買った時に入れてもらったビニール袋に入れてギュッと縛り近くのゴミ箱に投げ捨てる。これでなんでもない風を装えてるだろーか...。

なんつーか、新年早々今年のオレの願いは叶いそうもねぇなぁと思う。別に神様なんて信じてる訳でもないが、奮発して100円も賽銭入れて祈ったからには叶えて欲しいものだ。

今年こそは素直になれますように、というオレの願いを