32 無名さん
菱井追悼記念に彼女の作品をご紹介します
ジャズが流れる喫茶店に、客は南と藤真の二人だけ。
八月の午後。外はアスファルトの照り返しでうだるような暑さだが、店内はそのような熱気と喧騒からは隔たれ、静かで心地よい時間を二人に与えていた。
「何を見てるんだ?」
藤真は右手で頬杖をつき、目を細めて南に言った。
無意識のうちに藤真を見つめていた南は、あわてて目をそらしアイスコーヒーをすすった。
「……べつに」
藤真はふっと笑う。
「まだ気にしてんの?」
「そうやないけど」
何のことか、聞かずとも決まっている。藤真のこめかみの傷のことだ。高校二年のとき、他ならぬ南自身がつけた傷……。あれから二年たった今も、そのあとは残っている。
偶然大学で再会し、あのときのことを謝った。藤真のさっぱりした性格もあり、それからの二人は気の合う友人として付き合っている。
それでも南はつい、藤真の前髪の下に目が行くのだった。
「それよりお前、実家帰らへんのか?」
「うん」
「なんで」
「混んでるの嫌なんだよ。帰るのは盆が終わってからにする」
「盆が終わったらもう休みないやろ」
「適当に理由つけて休むよ」
高校の頃は、主将兼監督として色々なものを背負っていた藤真。大学ではほどよく力を抜いて楽しんでバスケをしていた。
そしてそれは南も然り。
藤真と過ごす時間は今や南にとっては何より大切であり、彼が大阪にいること、電話をすればいつでも会えることがうれしかった。
藤真は両手で頬杖をつき、南の目を見つめ、ほほ笑んだ。
そのようにじっと見つめられては居心地が悪い。南は不機嫌な声で言った。
「なんや。何見てんねん」
「お前ってさ」
藤真はくすくす笑った。
「わかりやすいな、と思って」
その瞳で見つめられ、ほほ笑まれると、もう隠し通すことなどできない。
南が意を決して口を開きかけたとき、藤真が、あれ? と首をかしげた。
「この曲、なんだっけ? 聞いたことあるような……なんかのCMだったっけ」
店内に流れるギターの調べ。
南はすこし耳を傾け、言った。
「All the things you are. 」
「なにそれ?」
「この曲の、曲名」
「ふうん……」
藤真は頬杖をついたまま、目を閉じた。
「いいな」
この曲が終わったら藤真に伝えよう、と南は思った。
ジャズが流れる喫茶店に、客は南と藤真の二人だけ。
八月の午後。外はアスファルトの照り返しでうだるような暑さだが、店内はそのような熱気と喧騒からは隔たれ、静かで心地よい時間を二人に与えていた。
「何を見てるんだ?」
藤真は右手で頬杖をつき、目を細めて南に言った。
無意識のうちに藤真を見つめていた南は、あわてて目をそらしアイスコーヒーをすすった。
「……べつに」
藤真はふっと笑う。
「まだ気にしてんの?」
「そうやないけど」
何のことか、聞かずとも決まっている。藤真のこめかみの傷のことだ。高校二年のとき、他ならぬ南自身がつけた傷……。あれから二年たった今も、そのあとは残っている。
偶然大学で再会し、あのときのことを謝った。藤真のさっぱりした性格もあり、それからの二人は気の合う友人として付き合っている。
それでも南はつい、藤真の前髪の下に目が行くのだった。
「それよりお前、実家帰らへんのか?」
「うん」
「なんで」
「混んでるの嫌なんだよ。帰るのは盆が終わってからにする」
「盆が終わったらもう休みないやろ」
「適当に理由つけて休むよ」
高校の頃は、主将兼監督として色々なものを背負っていた藤真。大学ではほどよく力を抜いて楽しんでバスケをしていた。
そしてそれは南も然り。
藤真と過ごす時間は今や南にとっては何より大切であり、彼が大阪にいること、電話をすればいつでも会えることがうれしかった。
藤真は両手で頬杖をつき、南の目を見つめ、ほほ笑んだ。
そのようにじっと見つめられては居心地が悪い。南は不機嫌な声で言った。
「なんや。何見てんねん」
「お前ってさ」
藤真はくすくす笑った。
「わかりやすいな、と思って」
その瞳で見つめられ、ほほ笑まれると、もう隠し通すことなどできない。
南が意を決して口を開きかけたとき、藤真が、あれ? と首をかしげた。
「この曲、なんだっけ? 聞いたことあるような……なんかのCMだったっけ」
店内に流れるギターの調べ。
南はすこし耳を傾け、言った。
「All the things you are. 」
「なにそれ?」
「この曲の、曲名」
「ふうん……」
藤真は頬杖をついたまま、目を閉じた。
「いいな」
この曲が終わったら藤真に伝えよう、と南は思った。