41 前半
「――え?なんやこれ……」
「どうしたん?和葉。」

パソコンの画面を見つめたまま和葉は眉間に皺を寄せた。
平次は隣に腰を降ろして和葉と同じくパソコンの画面を見る。

「なんや。夢小説巡りしとったんかいな。」

平次の視界に映ったのは、和葉が趣味の一環で巡っている夢小説のサイトのうちの1つだ。なんでもお気に入りが二つあるのだとか。


「そう…なんやけど……」
「何や?荒らされとるんか?」
「ちゃうちゃう…何てゆーたらええんか……」

和葉にしては珍しくの歯切れが悪い。その様子に平次も眉間に皺を寄せた。

「うちなこの間切り番踏んだんや。」
「あ〜そんな事ゆうてたな。リクエストに答えて貰えるんやろ?」

和葉はコクリと頷く。
あまりネット小説には詳しくない上にやれ事件だ殺人だと多忙な日々を送る平次だったがその日の事はよく覚えていた。
何をリクエストしようかと一日中うきうきとしている和葉を隣で見ていたからだ。

和葉の頬につっと涙が伝った。


「な?!ちょ、本間になんや?!和葉!なにがあったんや?!」

「うちが悪かってん。」

ポツリと一言溢すと堰を切ったように泣き出した和葉に平次は狼狽えた。
幼少期物心がつく前から時を共にしてきたが平次は和葉の涙が苦手だった。
否、苦手というのは語弊があるのかもしれない。
和葉の涙をみるとどうしたらいいのかわからなくなるのだ。
しばらく手をさ迷わせた平次はそっと項垂れる和葉の頭に手を乗せた。

「……なあ、本間になにがあったんや?」

時間にしては5分やそこらだったのかもしれない。しかし黙って涙を流す和葉を眺めていた平次には随分と長く感じられた。

「……あんな。うち庭球好きやんな?うちが好きなサイトも庭球扱ってん。」

ぽつりぽつりと話を始めた和葉に平次は黙ってその言葉を聞いた。

「そんでな。切り番踏んだ時もめっちゃ嬉しかってん。うちの好きなキャラクター乾ってゆうてな。あんまり夢小説あらへんかったから文章も好きなサイトやったから乾甘夢でってリクエスト送ってん。」

平次は項垂れる和葉から視線をあげると部屋に貼ってあるポスターを見た。
乾という名前を和葉の口からよく聞くようになったのはいつの事だったのだろうか。
タンスの上に飾られた乾とやらのマスコットは和葉にせがまれて平次がゲームセンターでとってやったものだ。