「――え？なんやこれ……」
「どうしたん？和葉。」

パソコンの画面を見つめたまま和葉は眉間に皺を寄せた。
平次は隣に腰を降ろして和葉と同じくパソコンの画面を見る。

「なんや。夢小説巡りしとったんかいな。」

平次の視界に映ったのは、和葉が趣味の一環で巡っている夢小説のサイトのうちの１つだ。なんでもお気に入りが二つあるのだとか。


「そう…なんやけど……」
「何や？荒らされとるんか？」
「ちゃうちゃう…何てゆーたらええんか……」

和葉にしては珍しくの歯切れが悪い。その様子に平次も眉間に皺を寄せた。

「うちなこの間切り番踏んだんや。」
「あ〜そんな事ゆうてたな。リクエストに答えて貰えるんやろ？」

和葉はコクリと頷く。
あまりネット小説には詳しくない上にやれ事件だ殺人だと多忙な日々を送る平次だったがその日の事はよく覚えていた。
何をリクエストしようかと一日中うきうきとしている和葉を隣で見ていたからだ。

和葉の頬につっと涙が伝った。


「な？！ちょ、本間になんや？！和葉！なにがあったんや？！」

「うちが悪かってん。」

ポツリと一言溢すと堰を切ったように泣き出した和葉に平次は狼狽えた。
幼少期物心がつく前から時を共にしてきたが平次は和葉の涙が苦手だった。
否、苦手というのは語弊があるのかもしれない。
和葉の涙をみるとどうしたらいいのかわからなくなるのだ。
しばらく手をさ迷わせた平次はそっと項垂れる和葉の頭に手を乗せた。

「……なあ、本間になにがあったんや？」

時間にしては５分やそこらだったのかもしれない。しかし黙って涙を流す和葉を眺めていた平次には随分と長く感じられた。

「……あんな。うち庭球好きやんな？うちが好きなサイトも庭球扱ってん。」

ぽつりぽつりと話を始めた和葉に平次は黙ってその言葉を聞いた。

「そんでな。切り番踏んだ時もめっちゃ嬉しかってん。うちの好きなキャラクター乾ってゆうてな。あんまり夢小説あらへんかったから文章も好きなサイトやったから乾甘夢でってリクエスト送ってん。」

平次は項垂れる和葉から視線をあげると部屋に貼ってあるポスターを見た。
乾という名前を和葉の口からよく聞くようになったのはいつの事だったのだろうか。
タンスの上に飾られた乾とやらのマスコットは和葉にせがまれて平次がゲームセンターでとってやったものだ。

>>39もトリつけたら？

>>37 恥ずかしいお
預言者になってしまった

>>43
自分の預言を自分で回収するあたり好きだわ

>>41
テニヌで乾ってとこがいいｗ
服部はヤキモチ妬かないんだろうか

ポン吉たんのサイト両方ともロックされてんだけど

「……書いて貰われへんかったんか？」

「ちゃうねん。平次これ見て。」

和葉に促されパソコンの画面をみた平次は眉を寄せた。

「なんやこれ……」

そこに書かれていたのは小説だった。
しかしそれは普段平次が和葉から見せられる夢小説とは違う、異質なものだった。
内容はこうだ。キャラクターと名前変換出来るヒロインが共に小説サイトを運営し同じリクエストを送った閲覧者を見つけIPを見せ合い糾弾する。

「これが和葉のリクエストに対しての返答や言うんか？」

コクりとう頷いた和葉を見て平次はカッと頭に血がのぼるのを感じた。

「なにが相互はそんな事の為にあるんやないや！」

平次はガンと拳を机に打ちつけた。

「けど、元はと言えばうちが同じリクエストを両方に送ったからあかんかったんやし。」
「それの何があかんのや？！比べられるのが嫌とか言いながらこいつらランキングに登録してるやろ！」

「せやけど、うちの行動がサイト管理してる人に不愉快な思いさせたんは間違いないからうち謝ろうかと思ってん。」

誰か通報したのね
ポンコツのサイトまだ見てないのに> <

「あほう。そんな事せんでええわ。同じ人が同じ要求をするなんて当たり前やろ。帽子集めるのが好きな人が帽子欲しがるのと一緒やないかい。それを比べる為やとか意見を通す為やとかは単なる邪推や。」

「……そう、やな。確かに。」

和葉の顔にいつもの笑顔が戻ってきたのを見て平次も安堵の表情を浮かべた。

「ちょう和葉。パソコン貸せ。」

前向きに被っていた帽子をぐるりと後ろ向きにかぶり直すと平次は和葉から半ば奪い取ったパソコンのキーボードを叩いた。
カタカタと打ち出される文章に和葉は目を丸めた。

「ちょ、平次。あんた小説書けたん？」

管理人の文体のまま平次によって打ち出された小説は視点を変え閲覧者視点になっていた。

「こんなん真似したら誰でも打てるわ。目には目をってゆうやろ。そら、送信っと。」

和葉の許可もなしに平次はパチンとenterキーを弾いた。

「うち、拍手文で逆に小説送り返す人始めてみたわ。」

「なんや惚れ直したんか？」

平次はにやりと笑みを浮かべて振り返った。

「は？和葉？」

が、そこにいるはずの和葉の姿はそこになかった。


「和葉。お前何してんねん。」

がさがさと遠山家の漫画図書館を漁る和葉の姿を見つけて平次は溜め息をついた。

「平次！」

振り返った和葉の目はあまりにキラキラと輝いていて平次は半歩後退った。
なぜだか嫌な予感がする。

「な、なんや。」

上擦った平次の声を気にも止めずに和葉はかなりの重さがあるだろうショップ袋を平次へと押し付けた。

「なんやこれ？」
「庭球の全巻。あんな、関東大会決勝の乾が最高やねん！」

和葉から渡されたショップ袋の中を覗きこんだ平次は思わずげっと声をあげた。

「なんで俺が庭球読まなあかんのや！」
「読んで書いて！」
「は？」
「平次が乾甘夢、書いて？な？」
「はあ？俺はソンデーしか読まんのお前知ってるやろ！」
「たまにはジャップも読んでみーオモロイで。」

楽しみにしてんでーと満面の笑みを浮かべる和葉に平次はひくりと口元を引きつらせたのだった。