50 無名さん
01紫陽花が色付く季節になると、胸の奥深くに沈めた痛みが鈍く蘇る。

02ピンク色の肺を汚すため、深く息を吸い込んではニコチンにまみれた煙を吐く。一連の行為を「緩やかな自殺」と呼んだのは確か唯一の兄だった。デリカシーの欠如を体現したような男だが、なかなか洒落たことを言うものだと妙に感心したのを憶えている。
お前は犬だろう? 食い意地のはった、どうしようもない汚い犬だ。下水道で寝起きして、そこらの路傍で野垂れ死んでも誰も気にとめない存在だ。

03悪趣味だと思った。試されていると思った。弟は何も語らない。代わりに、常に怯えを含ませていた。それは誘いをかける時に微妙に合わぬ視線であったり、矢継ぎ早に連ねられる言い訳だったりから滲むのだ。彼は何より俺の拒絶を恐れているようだった。

04その男は黒猫のようだった。しなやかで気まぐれな黒い獣。ゆらゆらと揺れる尻尾が思わせぶりで、だが気安く触れさせない。男の歳は20代後半だというので、猫と呼ぶにはいささか薹が立つ。しかし黒豹などと例えてやるには、どうにも隠しきれない粗暴さが邪魔だった。

お題って小説タイトルとかに使うんだよね?4番目のとかもう一つの短文