52 無名さん
高尚様ww

あれだけ奇人変人を絵に描いたような上司にくっ付いて回っていたのなら、傍からみた僕の姿はさぞ哀れだっただろう。実際、見ず知らずの同僚──らしき人間──から缶コーヒーを手渡された事もあったし、「お前は大変だな」と擦れ違いざま肩を叩いてくる方達の眉は愁眉を開けずにいるように見えた。

実際、そのまた実際は、僕からすればあの人は体の良い目隠しであり、言ってしまえば俗世のビッチ達が清楚な服を召すモザイクアートとなんら変わらなかったのだけれど。そう言った意味ではキジマ式という、余りモノを縫い繋いだぬいぐるみの様な容貌の上司には心の底から感謝している。見た目もコロコロして面白かったし、諦めた風を装いながらもコンプレックス全開で窃笑ものだったし、良いタイミングで退場してくれたし。

なんて事を考えていたら、もういっそ、睫毛を全て引っこ抜いてやりたい衝動に駆られた。

「ああ〜…とれない」

目に入った睫毛がどうやったって取れないのだ。「助けて〜(故)キジマさん〜…」ティッシュを片手に鏡を覗き込むけれど、粘膜と眼球の僅かな隙間に潜り込んで出てこない。手元が狂わないようなるべく唇を動かさず喋ってみたら我ながら気の弱そうな声が聞こえた。「いい感じ」そう呟いたのは何も睫毛が取れそうだからではなく、こうして喋ればこんな声が出るのかと新たな発見が出来たからだ。

もうどれくらい奮闘しているだろう。鏡に映る僕は前髪を括り、腕まくりまでして下瞼を引き下げていて、そうして自分でも分かるほど眉がうんざりしている。思い通りにならないのは嫌いだ。ましてやこういう、現実的に話の通じない相手には手の回しようがなく、途方もない気持ちを抱く。もう嫌になって、僕自身と見つめ合う馬鹿さ加減にも飽きて、ぱたりと後ろへ倒れ込んだ。カットソーの裾が捲れたらしい。腹部がなんとなく寒い。亜美ちゃんがどれだけ日本語の通じるブタだったのか再認識する。南無阿弥陀仏。