>>59
 臀部に降谷の視線を感じていたが、指先を見つめ、初めての経験に若干の緊張を抱いていた所為でそれほど羞恥心は無かった。暖房の効いた浴室は素肌でも暖かだった。むしろ、陰唇の湿りは背後からでも見えてしまうのだろうか、そちらが気になって仕方ない。触れて欲しい、言及して欲しいというマゾヒズムな思考から成る感情であった。
 二、三分が過ぎた頃だろうか。水分を溜め込んだ腸がぐるぐると唸る。顔には脂汗が滲み、顔色は悪かった。まだ浣腸の効力は感じられないが、原因は明らかである。未だに注入が続けられている浣腸液の所為だ。もう充分に注入されたことは、異常に膨らんだ腹部を見れば明らかである。嘴管を挿し込まれた際の恍惚とした感情など何処かへ飛んでいってしまった。
 妊婦と形容するにはあまりにも不恰好で不幸な膨らみであった。餓鬼よろしく張り詰めた腹部は異常な痛みを孕んでいた。些細な内蔵の動きですら猛烈な痛みをもたらすため、呼吸は浅く遅い。慢性的な息苦しさと緩急をつけた腹部の痛みで手が震えた。堪えるように拳をつくり、尚も液体が入り込んでいるのを無言で耐えていた。
 痛みを訴えることは出来なかった。これが私達の最後だ。まだ愛されてもいない。終わらせたくなかったし、仮に別れ話を切り出していなかったとしても、失望されることを何よりも恐れる私に声を上げることなど出来なかった。歪な関係だった。どちらかが主導権を握っているカップルなど珍しくもないが、私達は主従関係が徹底されていた。始めのうちこそ、名前で呼び合おうとしたり、こちらが気を許せるようにと降谷は心を砕いてくれた。それに対して心を開いたようなふりをしては、矮小で劣等感に塗れた醜い自分を絶対に見せないよう心を固く閉ざした。聡い彼がそれに気付いており、残念そうに思っていることは知っていた。嘘で塗り固めて美しくあろうとする、女の献身に対しては否定的な男だった。