8 無名さん


「え、もう終わったの? じゃあ、採点しておくから、その間に…、この問題集、やってみて」
わたしは、鞄の中から、慌てて一枚のプリントを取り出す。
彼は、無言でそれを受け取ると、プリントに目を落とした。
………全部、合ってる。
採点どころか、注釈さえ必要ない。
それだけ完璧な答えが、薄い紙の上に記されていた。
「………」
わたしと同じ大学に通う、彼の姉に紹介されて、先週から始めた家庭教師だけど……。
……彼に何を教えればいいんだろう。
一番苦手だと言っていた英語を中心に、カリキュラムを組んだんだけれど…。
その英語の問題すら、ほぼ瞬殺だ。
他の科目なんて、全く問題ないのだろう。
というか、この子、わたしよりも頭いいんじゃ…?
わたしが首をかしげていると、目の前に一枚のプリントが差し出された。
「終わったぞ」
「え」
早。
「……何マヌケ顔してんだ」
「え、いや、ごめん…」
鞄の中から、もう一枚プリントを出して、彼、ローくんに手渡す。
……またしても完璧ですけど。これ、慶応の過去問題ですけど。
でも、学校の成績は、いつも100位あたりだって、ナミちゃん言ってたよな…。
確か、ローくんは、医学部を受験するんだよね…?
三枚目のプリントを渡されたところで、わたしは、ローくんに聞いてみた。
「ねえ、ローくん」
「ん?」
「ローくんの第一志望ってどこ?」
「東京大学理科V類」
「え…」
……そこって…、国内で偏差値が一番高い医大…。
ていうか、わたしが通ってる大学よりも、偏差値高いんだけど。
なら、東大に通ってる人に勉強教えてもらった方がいいんじゃ…。
ていうか…。
「ローくん」
「ん?」
「学校の成績、100位あたりって聞いたんだけど…」
ローくんが通ってる高校は、確かにかなり偏差値高いけど、100位あたりにいる子が、慶応の問題をさらりと解けるのは、ちょっとおかしい。
首をかしげるわたしに、ローくんは、事もなげに言った。
「ああ…、いつもは手ェ抜いてるからな」
「は? 何で?」
「面倒くせェから」